当方見聞録「青島紀行3」
 今回見て回った青島、小さな街ですが本当に静かでよい街です。街の人々もどこかお上品に見えます。なんて書いたら怒られてしまいそうですが・・・でもそんな感じです。
 最初に、山を紹介してしまいましたが海もとても綺麗で、海が朝日に照らされキラキラ輝き、ちょっとバスを使えば海もすぐに見ることが出来ます。
 その中で海側にある観光地を紹介したいとおもいます。
 離れ小島に一本道、日本でもよくありそうな風景ですが、目の前に広がるのは黄海、桟橋(そのままですね)、青島と言えば観光名所でもあります。
 中山路という青島メインストリートを海に向かって進むと行く事が出来、ガイドブックを開くと、1981年にドイツと日本の侵略から守る為の軍事設備として作られ、その後、改装工事が進められ長さ440mの幅10mの桟橋になったそうです。
 軍事施設があるせいか、近くに軍事博物館がり、桟橋から、軍艦を確認する事が出来ました。
 先端には、小さな八角形の形をした2階建ての桜閣が立ち、中はちょっと狭い感じですが、1階はお土産屋や小さな水族館のようになっていて、2階は黄海付近で捕れる生物などの標本や写真などが展示されていました。
 また、2階からは辺り360度の景色を見ることができ、曇ってなかったらもう少し綺麗に見えていたとおもいます。
 ここは国際的な街なんだなぁと感じた出来事が一つ。
 友人は、サッカーが大好きで日本からヨーロッパ、世界各地の名プレイヤーの知っているほどのサッカー通です。
 どこで見つけたのか、まさかと思いましたが、クラブハウスの事務所が近くにあると言うことです。
 そこで、選手がいるかもしれないから是非行ってみようという話しになりました。(ありえないとは思いましたが)
 行ってみると確かに事務所はありましたが、そこは青島でインテルのアジア地区の選手を発掘、育成する為のジュニアのクラブスクールだったのでした。でも、イタリアのサッカーチームが、青島に事務所を作っていたのは驚きでした。
 記念にと彼はシルバーペンダント、私は、マフラーを買って帰り、友人とのよい記念になりました。
 今回の青島旅行は仲良くなった韓国人留学生との最初で最後の旅行でした。
 この後、私は北京に戻って帰国の準備を始めなければならなく、友人は韓国に帰国し兵役を勤めなければなりませんでした。
 とても離れがたい気持ちで一杯でしたが、お互い涙を呑んでお別れとなりました。
 最後の晩餐は、友人一家とジャスコのレストラン街でご馳走になり、久々に日本らしい食事をしました。
 翌日、彼は青島駅まで送ってくれて、また会うことを誓い別れたのでした。
 そんな彼も、兵役を終えこの秋から北京での留学を再開するそうで、北京に青島に(どちらでも・・・どちらかというと青島?)会いに観光に行きたいとおもいます。
 因みに、当コラムの報告を外国の友人にすると、「おお〜すごい!楽しいホームページだね!」と良い返事が帰ってきました。
 これからも自分の視点から書いていきたいと思います。
(写真・文/濱川智行)