お気に入りカメラ「Zorki/ゾルキー」
 Zorki/ゾルキー

製造年: 1948〜1956
製造工場:KMZ
シャッター: B・1/25〜1/500(分類によって異なる)
標準レンズ: Industar-22、Jupiter-3、Jupiter-8
マウント:Lマウント

「ゾルキー」
 あまり世間に知られていないカメラブランド。
 カメラファンでも一部の人しか知られていない、このブランドの成り立ちからお話しする事にします。
 ゾルキー設立の歴史は、近代社会の歴史といっても過言ではありません。
 第一次世界大戦前に、カメラメーカーとして小型カメラの良器を生み出し始めたドイツのエルンスト・ライツ社(現ライカ社)。
 その後、ドイツは第二次世界大戦の敗戦で、アメリカ、イギリス、フランス、ソビエトの四カ国に分割占領されたのです。
 素晴らしい技術を持つライツ社を各国陣営が見逃すはずもなく、時代の大きな波を受け、ライツ社も分割されてしまったのです。
 アメリカを代表とする資本主義国が実行支配する、いわゆる「西ドイツ」といわれた地域にあったライツ社。
 ソビエト連邦が占領し「東ドイツ」と呼ばれた地域にあったライツ社。
 西ドイツにあったライカ社をいわゆる「ライカ」と称し、東ドイツにあったライカ社は「フェド」ブランドやこの「ゾルキー」ブランドとして進んでゆきました。
 ライカ社はその後の世界情勢における報道写真界を席巻し、かたやフェドやゾルキーは西側諸国の目にはライカのコピーブランドとして、時代の潮流に振り回されてしまったのです。
 お互いは、離ればなれになった双子の兄弟のような存在だったのです。

 さて、今回ご紹介するこのカメラ。ロシア(ソ連?)製ライカマウントレンジファインダーカメラとして一番有名なものが、 KMZ 工場製作によるこの「Zorki」(ゾ ルキー)でしょう。
 1948年から1956年までKMZ工場で主に輸出用として製造されました。
 私のゾルキーに付いていた標準レンズは、沈胴レンズIndustar-22(構造はテッサー)。
 ずっしりとした鉄のボディに、精巧なメカニズム。この時代に標準的になっている布製のシャッター幕。
 もちろん、フル機械式。「メカ好きの男子ごころ」にクリーンヒットする、徹底した無駄な機能の排除。
 懐かしいというか手間がかかるというか。
 一枚を撮るにも、絞りを決めて、シャッタースピードを決めて、ピントを合わせて、構図を決め、シャッターを押す。
 また、フイルムを入れるのに裏技があり、テレホンカードやクレジットカードの類いを使ってフイルムを入れると楽に装填できるという、これまたアナログチックな取り扱い方法。
 プリントすると今のカメラと変わらないとても良い表現をします。やさしい写真が撮れるのです。

 ライカというカメラは私の憧れの的です。
 欲しいと何度も思いましたが、なかなかの金額でおいそれとは買うことが出来ません。
 ならば、似た構造のレンジファインダーカメラで何か良いカメラはないかなぁと、友人のお米屋さんに相談してみることにしました。
 「これ、良いでしょう。」と、出してくれたのがこのカメラでした。
 
 運命(?)の出会いです。
 値段は手頃でライカにそっくり。
 ずっしりと重く存在感ばっちりなカメラ。
 ただ、フイルムを巻いたりシャッターを切ったりすると、スムーズに動かず、ライカの様な繊細なさはありません。
 そんな時は、このすごいお米屋さんの出番です。
 これは調整前、これは調整後、と2台を触って比べさせてもらいました。
 見た目こそまったく一緒ながら、全然違う物となっていました。
 すべてを分解し、回転部分などの可動するところはすべて擦り合わせを行ないクリアランスを整えたそうです。
 気の遠くなるような作業です。
 速攻で気に入った調整前のカメラを購入し、お米屋さんのご好意により調整していただきました。 現在生産されているデジタルカメラや最新のフイルムカメラなどは、モデルチェンジも早く、すべての年代でも取り扱えるようにと素材の軽量化が図られているので、耐久能力的に言って、あと50年使えるかなと思うと無理なような気がします。
 が、このカメラはすでに製造後60年を経過しているのですが、メンテナンスをしていけば、この先軽く50年は一緒に楽しい思い出がつくれると思います。(フイルム生産がなくなれば別ですが)
 以前、オリンパスのお話の中で、「3代にわたり撮っている」とお話ししましたが、このカメラも代々伝えることの出来るカメラだと思います。
これからも長生きしているカメラを伝えていきます。
(写真・文/橋口)