当方見聞録 福島県南相馬市を訪ねて
 知人からのSOSを受け、南相馬市を目指し、自家用車を走らせた。

 途中のいわき市を通過した際に、ほとんどの家の屋根瓦が崩れ落ちていた。
それはやはり異様だった。
 原発、津波の甚大な被害、ニュース映像でさんざん見たあの光景が、実感を持ってじわじわと異常を肌で感じられずにはいられない。

 車で横浜を出て走ること約6時間、南相馬市に到着。 
 圧倒的に物が不足しているとの事でのSOSだったのだが、訪問してその真の意味が分かってきた。
 その物不足の正体は「風評被害」。
 南相馬市は福島第一原発の放射線問題で、屋内退避という地域、すなわち原発より30キロ以内に入っており、物資を積んだトラックが被爆を恐れ、南相馬市まで来ないで相馬市で荷下ろしをしてしまう。物資は相馬市におかれたままであるとのこと。よって、津波被害で壊滅的になっている南相馬側がなんとか車両を工面し、なんとかガソリンを工面しなければ、物資はひとつだって入って来はしないのだという事だ。
 だが、南相馬市は原発30キロ圏内には3区のうち1区しか入っておらず、その他の2区は避難区域には入っていない。
 地元の人たちからは、テレビ、ラジオそして新聞が詳細を伝えず、一部だけをクローズアップして、あたかも「これが南相馬市全体の状況」と報道していることが「風評被害」となって地域全体を陥れているということを聞いた。
 確かに建物が倒壊していたり、前述の屋根の瓦落ちやなど、「地震による建物被害を受けた地域」という様子のわかる体だった。
 だが、そこから10分ほど車に乗り国道6号線に出た途端に、それは急に変わった。

 津波被害の現場。「このような光景が何十キロと続いているんです」と地元の人が語った言葉に、打ちのめされた気持ちがしてきました。
 海岸から2キロはあろうか、それが何十キロ・・。
 瓦礫と土で覆い尽くされた、この面積・・・。
 あたり一面、何にもない、なんにも。

 自衛隊の集合地でもある真野小学校近くの田んぼの中に何艘もの船が流されている現場を目撃しました。
 海から3キロ以上も離れている田園地帯です。真野小学校は一階は使えない状態であり、復興に向けて校庭で打ち合わせをする自衛隊員に、その肩にのしかかる重責に、思いを馳せずにいられません。

 港と海水浴場が一体となった街。旅館、ホテルそして民宿や民家が軒を並べる街だったはずです。それが一瞬の内に、すべてが無くなっている惨状にただただ息をのむだけでした。

 岸壁の破壊された姿が、その恐ろしさを物語っています。今でもこの瓦礫の中に900人ぐらいの方が埋もれているかもしれないとのことでした。

 ファインダーをのぞいていると揺れる物が見えたので望遠にしてピントを合わせると、なんと鯉のぼりが掲げてありました。
 頭をハンマーで殴られたような衝撃の後だっただけに、胸にこみあげてくる、「魂の鯉のぼり」なのだと感じました。
 帰り際に眼を屋根の方に向けると可愛い燕のヒナがえさを欲しそうにしていました。このヒナのように新しい明日に向けて、と念じつつ東北道を横浜に向け走り始めました。
(写真・文/橋口)