お秀茶屋

「田楽」

 福島県会津若松市の名物の一つとされるこの食べ物の歴史は古く、戦国時代まで遡るほどで、当時の武士達が戦の際に持参していた食料を串に刺して焼いて食べたのが始まりとされています。

 会津若松市内から東山温泉に向かう途中、右手に湯川を眺めながら少し行くと、見えてくる古めかしい小さな建物。
 ここ「お秀茶屋(オヒデチャヤ)」がある天寧は、通称「奴老ヶ前(ヤロウガマエ)」と呼ばれる土地で、この田楽屋がある目の前の道は、もともとは会津城下から猪苗代湖へ抜ける街道でした。
  そこへ、峠の腰かけ茶屋として暖簾を出したのが約300年ほど前の延宝年間。当時、店のあたりは河原になっており会津藩士専用の処刑場として使われていたそうです。その処刑の際に「今生最後の食」として罪人に与えられたのがここの田楽と清水。

 大変歴史あるお店で、今でも会津では「奴老ヶ前の田楽屋」といったら、知らない人間はいないほど有名です。また、その時の清水は現在もお店のそばにあり、近くには罪人達の供養のための地蔵が残っています。
 そのころと一切、変える事なく守られてきたここの田楽の妙味は、材料となる餅・生揚げ・里芋・身欠(ミガキ)ニシンに山椒を加えた甘味噌を塗りつけ、炭火でじっくり、こんがりと焼く所にあり、一口頬張ると歴史が生み出す何とも言えない「深み」と、どこか懐かしい様な「安心感」を覚えます。

 私も、お店の中から漂う、この何とも言えない香ばしい香りが道行く人々の足を止める風景を眺めると、「江戸の頃から変わらぬ姿なのだろうな。」と何か考え深いものを感じずにはおれませんでした。

 戦国の葦名公からの長い歴史を持つ会津が作り上げてきた味。一度、訪れた際には是非堪能されてみてはいかがでしょうか。
(写真・文/大口)